庵主の自己紹介

庵主 1995年の夏頃、パソコン通信ニフティサーブ(@nifty)の武道フォーラムに、「はくどー」のハンドル名で参加させていただいて以来、”電脳ネット剣士”の世界を、あちこち徘徊しておりましたが、この度ようやくに自分の庵を結ぶことが出来ました。

 ネット上の交流は、私自身の剣道人生に数多くの素晴らしい出会いをもたらしてくれました。

 これからも、このご縁を大切にし、更に「はくどー庵」を訪れてくださった皆様方が、より一層素晴らしい出会いに恵まれますことを、心より願っています。

2001年09月02日

【名まえ】  はくどー / 佐々木博嗣

 HNの「はくどー」は、息子の名前からとったものです。「博道」と書いて、”ひろゆき”と読みます。

 1995年頃、初めてパソコン通信「ニフティサーブ」の武道フォーラムに参加した際につけたものですが、さすがにそのままの「博道」というハンドル名にするのは、少々憚られたものですから、ひらがな書きで「はくどー」にさせていただきました。

 今となっては「ー」の部分に、ちょっぴりこだわりを持っています (^^ゞ。

【住まい】  宮城県仙台市

【家 族】  妻、長女、長男(剣道三段)

【生まれ】  19●5年4月生まれ/牡羊座/B型 (^^ゞ

庵主誕生 両親は秋田の出身ですが、転勤族であったため、私は宮本武蔵の生誕地?と云われる岡山県の美作町・大原町のすぐ近く、津山市で生まれ、その後、鳥取、青森、秋田、東京などで暮らしました。

 2010年の夏に20年ぶりに東京から秋田に帰ってきましたが、2012年春より「杜の都」宮城県仙台市に移り住んでいます。

 ふるさと秋田では、日本一の深さを誇る「田沢湖」の畔で、弟が「ペンション」を経営しています。

【剣道歴】

庵主二刀 中学校の入学と同時に始めた剣道です。

 格別輝かしい成績はなく、途中での中抜けもありましたが、細々ながらも現在まで続けて来られたことだけが自慢です。

 1999年の7月に、パソコン通信「ニフティ武道フォーラム」のオフ会を通じて、二天一流武蔵会に出会い、二刀流という新たな剣道の世界が広がりました。

 いつか息子に追い越されることを夢見ながら、それでもその時期を少しでも先に延ばしたいと思って頑張っています。

 ・ 二天一流武蔵会 副会長
 ・ 肥後伝二天一流第十七代中村天信門下 主席師範代 (兵道九段印可)
 ・ 全日本剣道連盟 剣道教士七段、杖道五段、居合道四段

【著書・著述】

武蔵の剣 ・ 武蔵の剣 - 剣道 二刀流の技と理論 - スキージャーナル社

 ・ 剣道日本(2003年 2月号)スキージャーナル社
   「二刀流に学ぶ」  二天一流「武蔵会」の紹介

 ・ 剣道日本(2003年 7月号)スキージャーナル社
   「初太刀 この1本」 なぜ剣道は初太刀の面打ちを大切にするのか

 ・ 剣道時代(2004年12月号)体育とスポーツ社
   k-net の快楽(20)
   「ネットで出会い、ネットで学び、ネットで広める二天一流」

 ・ 剣道日本(2005年 1月号/2月号)スキージャーナル社
   「日本剣道形ってそういう意味だったのか」(上・下)

【その他】

庵主スキー ・ スキー (SAJ 全日本スキー連盟/元正指導員)
 ・ テニス (JTA 日本テニス協会/元B級指導員)

庵主テニス 雪国に育ったものですから、スキーは生活必需品?で、そのオフトレがテニスでした。

 ひと頃は、年間60日以上も滑りまくり、剣道以上に入れ込んだ時期もありましたが、ゲレンデシュプルング(抱え込みジャンプ)の練習中に転倒して右膝靱帯を損傷。(^_^;


 半年後にリハビリを兼ねて、左足踏込みの上段で剣道を再開したのが剣道復帰のきっかけです。(^^ゞ

 人生、何が「幸い?」するか分かりませんね(笑)。


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