[2]剣道はなぜ面を打つのか?

現代剣道の技法について

 剣道がその昔、合戦における戦闘技術を発祥とし、武士が剣(日本刀)を使った戦いを通じて、その合理的な繰法を工夫することから始まったということは誰もが理解するところでしょう。

 そしてそこから発展してきた剣道ですから、現代における「剣道」は、一般には「日本刀を使った戦闘技術を、竹刀と防具を用いて安全性を確保しつつ、模擬的に訓練するもの」と考えるのが普通だと思います。

 ところが、もしも剣道をこのように「真剣での斬り合いを想定した刀剣の操作技術を学ぶもの」と考えると、現代剣道の技法には、あまりにも不可思議な点が多いと感じる人も少なくないでしょう。

 剣道の面打ちのような打突方法で人を斬ることが出来るのか。さらに打突の部位が限定されており、しかも打突時に「メン!」「コテ!」などとその部位を発声しなければならないのはなぜなのか。その上、打突後に相手の後ろまで駆け抜けられなかったり、打突後の姿勢が崩れたりすると、せっかく当たっても一本にならないのはなぜなのか。

 剣道を知らない人はむろんのこと、剣道をある程度経験した人であっても、現在剣道の技法に関して少なからぬ疑問や矛盾を感じてしまう人は多いのではないかと思います。

 このため、全剣連が剣道はスポーツではなく武道であると定義しているにもかかわらず、現代剣道の技法は、すでに日本刀を用いた実戦剣法からはかけ離れて、スポーツ化したものであると断じる人もいるようです。

 果たしてそうなのでしょうか。

 現代剣道家としての私たちも、実戦における日本刀の技法と現代剣道の技法との関係を解き明かし、剣道における様々な疑問点をきちんと解決しない限りは、剣道を武道として捉え、その本質を理解して正しい剣道を子供たちに伝えることはできないでしょう。

 そこで、まずはこうした剣道に関する疑問点を洗い出してゆき、それを踏まえた上で、日本の歴史の中で育まれてきた現在の「剣道の技法」に求められているものは何なのかを探ってゆきたいと思います。


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日本の剣術 (2) (歴史群像シリーズ)


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現代剣道における技法上の疑問

 前述したとおり、現代剣道の技法を日本刀の扱いを想定した真剣繰法を学ぶものと捉えると、様々な矛盾や疑問がわき上がってきます。

 そこで、一般に考えられそうな疑問点を以下にまとめてみたいと思います。

(1)真剣と竹刀の違い

 真剣による試切りなどを経験した人ならご存知でしょうが、たとえば日本刀で巻き藁などを一刀両断にしようと思えば、およそ巻き藁に手が届くほどの近い間合にまで接近して、刀を大きく振りかぶり、腰を十分に落として、下までしっかりと引き切るように振り抜かなければなりません。

 ところが剣道の面打ちでは、遠間から腰高の姿勢で跳び込んで打ち、振りかぶりはあまり大きくなく、打った竹刀はほぼ打突位置で止め、手前から前方にやや押し切るような打突方法を学びます。

 この違いは何なのでしょう。やはり剣道における竹刀の繰法は、すでに本来の真剣の繰法とは全く異なるものに変化してきているのでしょうか。

(2)打突部位の制限

 剣道において、「メン」「コテ」「ドウ」「ツキ」の四箇所に打突部位が制限されていることも、疑問の一つでしょう。
 これらの部位は、合戦の際には鎧や兜などに守られた比較的安全な箇所です。

 仮に鎧兜のない素肌剣法を前提としたとしても、やはり頭蓋に守られた頭部よりは柔らかい首筋の頸動脈を、筋肉のついた甲側の小手よりも血管のある裏小手の方を、斬りにくい上に斬ってもすぐに死なない脇腹よりも剣が持てなくなる脇の下の筋(すじ)を、目標が小さい喉よりも肺や心臓などを狙う方が、実戦という意味からは効果的なように思います。
\r\n さらに、触れれば切れる真剣ですから、足や腿、腕や肩などを切っても相手は傷つくはずですし、実際に古流剣術の形の中にはこういう部分を斬りつけるものが数多く存在します。

 しかし剣道ではこんなところを打っても有効打突とは認めてもらえません。

 このため、剣道はすでに真剣を想定した実戦性を追求するものではなくなり、防具と竹刀を用いて安全性を優先させながら発展してきたスポーツ競技の一種であると言う人もいます。

 果たして剣道で打突部位を制限した理由は、安全性を求めてのものなのでしょうか。

(3)様式美の追求

 剣道では、打突姿勢と残心を非常に重視します。

 そのため、せっかく竹刀が打突部位に当たっても、自らの体勢が大きく崩れたり、打突後に相手の後ろまで十分に駆け抜けられなかったりすると、一本として認められないこともあります。

 もしも竹刀が本当に真剣を想定したものだとするならば、たとえ打つ側がどのような姿勢であろうとも、刃筋さえ立っていれば、打たれた相手は傷ついていると考えられます。

 また、剣道の稽古においては、下位の者が上位の先生に対して「メンと見せてのコテ打ち」のようなあからさまなフェイント技を使ったり、「コテ」や「ドウ」などを執拗に打ち続けたりするとひんしゅくを買い、「正しいメン」を打つようにと指導されることがあります。

 これはどういった理由によるものなのでしょう。

 剣道には、フィギュアスケートや体操競技などのように様式美を追求したり、「コテ」や「ドウ」よりも「メン」の打突を優先させるというように、技の性質や難易度を評価の対象とする考え方があるのでしょうか。


続 剣道の手順―正しい剣道の学び方


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剣道と実戦の関係

 前項で取り上げた、剣道における数々の疑問を解決するために、先ずは剣道の発祥時に立ち返って、真剣を用いた実戦について考えてみましょう。

 あるインターネット掲示板で、次のような内容の記述を目にしたことがありました。

 「例えば、後頭部、肩、首、脛、裏小手なども完全に防護する防具が開発され、三尺四寸前後で1000グラム程度の竹刀が開発されれば、今の剣道は古来の刀法に近いものになり、各古流諸派の技術交流も可能になるのではないか?」

 真剣による戦いを競技として模擬的に再現しようとした場合、このように剣を限りなく真剣の条件に近づけておいて防具の方を完璧にする方法と、もう一つは防具を極力軽微にして剣の安全性を追求する方法があります。
\r\n 後者は「スポーツチャンバラ」などが実現しようとしている方向かもしれません。

 しかしいずれにせよ、これらはあくまで「模擬的戦闘」の域を出ません。なぜなら、仮にどんな方法を用いようとも、そこに「安全性」が確保された状態では、本当の意味の「実戦性」は再現されないからです。

 そこで昔の武士たちは、競技形態そのものを「実戦」に近づけるのではなく、実戦に必要な技術的要素を一つ一つ取り出して、それぞれの要素を修得するのに適した訓練方法を開発し、それら全てを総合することによって、実戦に通用する「剣の技術」を身につけようとしたのではないでしょうか。

 すなわち、居合のような形稽古で学ぶこと、組太刀などの約束稽古で学ぶこと、巻き藁などの試斬り稽古で学ぶこと、さらに剣道のような竹刀による打ち込み稽古で学ぶことなど、様々な技術的要素を個別に訓練した上で、それら全てを併せて実戦に通用する技術に発展させてゆくという考え方をしたわけです。

 そこで、剣術に限らず、空手やボクシングなども含めた格闘術全般における「実戦に必要な技術要素」というのはどのようなものがあるのかを大まかに整理してみましょう。

 1つ目は、武器(徒手格闘の場合にはパンチや蹴り等を含む)自体の威力を高めることがあります。

 たとえばボクシングや空手などの場合は、パンチや蹴りそものの威力を高めることであり、剣術に関して言えば、振りの速さや斬るための技術となる手の内(手の微妙な使い方)を養成することになります。このため、徒手格闘技なら巻き藁を正拳で突いたりサンドバックを足で蹴ったりという方法でこれを鍛え、剣術では真剣を用いて様々なものを斬る「試斬り」の稽古などによって鍛えます。

 2つ目は、武器(パンチ、蹴り等)を効果的に使うために、武器の繰法や身体全体の運用法を身につける必要があります。

 ボクシングのシャドウや空手の形稽古などはこれに該当するでしょう。剣術では流派独自の工夫による合理的な太刀操作法やその際の体裁きなどを「形稽古」や「組太刀稽古」などを通して学びます。

 3つ目は、相手との相対運動の中で、その武器(パンチ、蹴り等)を持って相手を一撃するチャンスや微妙なタイミング、駆け引き等を身につけます。

 いわゆるスパーリングとか自由組み手などと称されるもので、剣術では互いに防具を着けて自由に打ち合う竹刀打ちの稽古がこれにあたり、その微妙な打突のタイミングや駆け引きを知ります。

 4つ目は、武器の扱いに慣れることです。

 これは武器を持たない徒手格闘ではあまり必要ないことかもしれませんが、得物を手にする武器術の場合は、その武器の扱いに慣れるという訓練も必要です。武器の長さや重さを自分のものとして、自分の手足のように使いこなせる技術も必要な要素となります。剣術においては、真剣を思うままにそして正確に扱えるようになるための居合の稽古などが、これに該当するでしょう。

 このように、実戦的な格闘技術を身につけるためには、上記の三つ(ないし四つ)の要素をバランスよくトレーニングする必要があります。

 格闘技の中でも比較的実戦性があるとされる空手やボクシングなどは、上記の要素が練習方法の中にバランスよく盛り込まれていますが、剣術に関しては上記要素の訓練法がそれぞれ分化し特化して別々の種目として発展してきたということが言えるかもしれません。

 もちろん試斬りを主とする抜刀道にも居合の形がありますし、剣道にも剣道形があります。古流剣術の中には木刀の組太刀ばかりでなく竹刀稽古や居合などを平行して行うものもありますから、完全に特化しているという訳ではないようです。

 しかし、剣術に関しては結果的にそれぞれの稽古法がある程度分化して別々に現代に伝わって来たことは事実です。そして、おそらく三番目の技術要素の修練法が特化して発展してきたであろう「剣道」を、そういう視点であらためて見直してみることによって、現代における「剣道」の技術的特性を探って行きます。


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真剣の刀法

 一般に真剣の刀法というと、巻き藁を一刀両断するときのように、大きく振りかぶって引き切りに振り下ろす刀法を連想してしまいがちです。しかし、これは確実に相手を仕留めるための「留めの一刀」であって、真剣の刀法全体から見ればほんの一面でしかありません。
 剣を握る親指を切ったり、脇の下を切り上げたり、内腿に刃を当てて押し切るようにしたりと、古来から伝わる剣術諸流派の刀法には実に様々なものがあり、そこには先人の命をかけた研鑽と工夫の跡が垣間見られます。
 そんな中で、比較的多くの流派に見られる刀法に、剣先を小さく素早く振って相手の顔面などを切っ先で鋭く攻撃する刀法があります。
 たとえば居合によく見られる最初の抜き付けの一刀などはこれにあたります。これは、巻き藁を一刀両断にするほどの斬激力は必要とせず、素早く鋭く攻撃をすることによって相手の体勢を崩すのが主な目的で、この刀法の後には間髪入れず間合を詰めて、先に述べた「留めの一刀」で敵を仕留める刀法が用いられます。

 そこで、この最初の刀法を「斬りつけ」の刀法とし、その後に行われる留めの刀法を「斬りおろし」の刀法として真剣の刀法を二つに分類してみました。従来から居合や古流剣術のなどの世界で用いられている同種の言葉とは若干ニュアンスが異なるかもしれませんので、あらためて定義しておきます。

【敵の体勢を崩す「斬りつけ」の刀法】
 「斬りつけ」の刀法は、原則としてその一刀によって完全に相手を仕留めることを想定していません。敵に致命傷を与えることよりも、その斬激によって敵の体勢を崩し、次の攻撃へ繋げることを目的としています。

 すなわち一太刀で終わることなく、二の太刀、三の太刀への変化をあらかじめ考えていますから、万一相手にかわされてもすぐに次に対応できるよう、斬りつけた後の体勢が何よりも重視されます。

 そのため斬りつけた太刀はほぼその位置で止まり、後ろ足を瞬時に引きつけて足幅を狭くし、比較的高く動きやすい姿勢を保ったままで次の変化に備えます。

 もちろん「斬りつけ」だからといって、最初から二の太刀、三の太刀への変化を推奨するものではなく、またその斬撃の威力そのものを軽視するものでもありません。当然のごとく一撃の威力は追求されますが、ただしそれはあくまで次への変化の対応を想定した範囲内で行われます。

【敵を仕留める「斬りおろし」の刀法】

 「斬りおろし」の刀法は、その一刀で相手を完全に仕留めることを目的とします。

 たとえ殺さぬまでもその斬撃によって相手を戦闘不能にすることが必要ですから、太刀はしっかりと振り抜かれ、このときの姿勢は安定性を保てるように足幅も広くなり、腰を落とした比較的低い姿勢となります。

 このため次への変化に移行しにくく、もし万一かわされてしまえば、その瞬間に自分は相手の攻撃に対処できない隙だらけの体勢になってしまう可能性もあります。ですから事前に相手を完全に制し、決してかわされることのない状況をつくってからでないと使えない刀法でもあります。

 古流剣術の組太刀や居合の形などに見られる刀法を前記の分類に照らして見直してみると、先にも述べたように「斬りつけ」+「斬りおろし」の組合わせになっているものが多くあります。

 つまり最初は敵の剣がまだ届きにくい遠い間合から、先ずは「斬りつけ」の刀法によって敵の顔面などを飛び込み打ちにし、それによって敵の体勢が崩れた隙に素早く間合を詰め、今度は近間で腰を落とした「斬りおろし」の刀法によって仕留めるという流れです。

 これは実戦において、自分と同じように武器を持った相手に対して、いきなり一刀両断に出来るような間合まで入り込んで敵を斬り伏せることなど、とうてい不可能なことであったからだと考えられます。


図説 剣技・剣術


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竹刀の繰法

 全剣連のホームページで剣道の歴史を調べてみますと、剣道具(防具)を開発して竹刀で打突し合う「打込み稽古法」を確立したのは、直心陰流の長沼四郎左右衛門国郷で、正徳年間(1711~1715)の頃とされてます。
\r\n その後、宝暦年間(1751〜1764)に一刀流の中西道場が鉄面と竹具足式の剣道具(防具)を用いた打込み稽古法を採用すると、またたく間に他流にも普及して、寛政年間(1789~1801)の頃には流派の壁を越えて他流試合も盛んになり、江戸幕府後期には千葉周作によって竹刀打ち剣術の技の体系化もはかられたとあります。

 ここで注目したいのは、当初における防具と竹刀の採用は、流派内での「打込み稽古」のためであったということです。流派を超えて竹刀による技比べが行われるようになったのはこれより時代が下ってからのことであり、さらに千葉周作によって様々な竹刀技術の体系化が行われたのは江戸期の終わり頃のことでした。

 現代では、防具と竹刀を用いた剣道は「習い覚えた剣の繰法を安全性を確保しながら試すもの」、すなわちボクシングにおける「スパーリング」のような感覚で捉えられがちですが、もともとは流派内における「打込みの稽古」のためのものであり、現代のように流派を超えて「技を試す」という「試合」としての意味合いは少なかったのではないかと考えられます。
\r\n そこで、竹刀を用いた現代剣道の発祥は、流派内の稽古法の一つである「打込み稽古法」が発展してきたものであり、その「打込み稽古法」とは、先に書いた二種類の刀法のうち、主に初太刀による「斬りつけ」の刀法を学び修練するために考え出された稽古法であったのではないかと仮定してみましょう。

 そうすれば、剣道の竹刀繰法は「斬りつけ」のための技法ですから、そこに求められる刀勢は、敵を一刀両断に仕留める斬撃力ではなく、敵の体勢を崩して二の太刀へ繋げる冴えのある打突であるということが言えます。

 また、
 ・剣道の技法が初太刀を大切にし、比較的遠間から飛び込んで打つのを基本とすること。
 ・打突時にも腰高の姿勢を保ったまま、その姿勢が崩れることを嫌うこと。
 ・打突後の残心を非常に重視することなど、
 これまで「剣道の様式美」という観点で捉えられてきたことも、このように剣道が実戦を想定した場合に、初太刀によって敵の体勢を崩し、なおかつ自らの体勢は決して崩さぬようにしながら直ちに二の太刀に繋げることを目的とする「斬りつけ」の刀法を学び修練するためのものであったと仮定することで、いっそう明確な説明ができるようになります。


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打突の機を捉えること

 次に、「斬りつけ」の刀法をもう少し詳しく分析してみましょう。

 「斬りつけ」の技術をさらに分解してみると、これには「どこをどのように斬りつけるか」という技術と「いつどのように斬りつけるか」という、二つの技術が含まれていることに気がつきます。つまり前者は主として太刀筋に関する技術であり、後者は打突の「機」の捉え方に関する技術です。

 先に、剣道は「斬りつけ」の刀法を修練するためのものである述べましたが、この「斬りつけ」の技術のうち、前者の「太刀筋の技術」を修得するために、あえて防具と竹刀を採用する必要があるでしょうか。

 どこをどのように斬るかという太刀筋を重視した刀剣繰法を修練するのであれば、刃筋がしっかりと分かる刃引きや木刀などを用い、正しい身体の運用法のもとで何度も繰り返し反復練習する、いわゆる形稽古や組太刀稽古を行う方がはるかに効果的なはずです。
\r\n 丸く刃筋の概念の希薄な竹刀で互いに自由に打ち合うのでは狙い所も定まりにくく、かえって正しいフォームを崩してしまいかねません。

 ゴルフ場などで、時おり奇妙奇天烈なフォームでボールを打っている人をを見かけることがあります。きっと忙しい仕事の合間を縫ってゴルフを楽しんでいるため、普段は基本の素振りなどをほとんどやる時間がないのだろうと思います。それでも運動神経の良い人ならば、そこそこのスコアをたたき出す場合もありますが、シングルプレーヤーへの道はなかなか遠いでしょう。

 自由打ちの練習だけで正しいフォームを身につけるのがいかに困難であるかがわかると思います。

 話がそれましたが、それでは、本来「斬りつけ」の刀法を学ぶ上で、ここに防具と竹刀を考案し、それを採用するに至った真の目的は、後者の方、すなわち初太刀において「打突の機を捉える」方法を学ぶのが本意だったのではないかと推察されます。

 太平の世を経た幕末の動乱期、真剣をとっての生きるか死ぬかの実戦が武士にとって非常に身近なものになった時期にも、防具を着けての竹刀打ちはますます盛んになったと聞きます。当時、剣術の各流各派がそれぞれ工夫の組太刀による刀剣繰法を十二分に稽古していたにもかかわらず、流派を越えて竹刀稽古を盛んにした理由は何だったのでしょう。
\r\n それは、おそらく刃引きや木刀を使った形稽古や組太刀稽古ではなかなか学び得ない「打突の機を捉える」という技術を竹刀打ちの稽古によって身につけることが出来、なおかつそれが真剣勝負の勝敗を決める上で非常に重要な要素であったため、幕末の武士たちは竹刀稽古に励んだものではないでしょうか。

 平和な現代にあっては、「斬りつけ」の後に敢えて二の太刀による「斬りおろし」の刀法で相手の息の根を止める技術までを求める必要性は少ないでしょう。

 ですから現代の「剣道」では、初太刀で的確な機を捉え、そこで相手の体勢を崩すのに十分な冴えのある打突が行われたと判断された時点で「勝負あり」の判定がなされます。

 このことから、竹刀を用いた「剣道」の技法上の目的は、真剣を用いた多様な太刀筋を学ぶことにあるのではなく、真剣勝負において非常に重要な「初太刀における打突の好機を的確に捉える」という技術要素を学び修練するためのものであるということが言えるでしょう。

 剣道には「打って勝つな、勝って打て」という教えがあります。互いの乱打戦から偶然当たった一本よりも、打突の機を見定め、そこを捉えて打った渾身の一打を評価するのも、剣道の技法における目的が打突そのものにあるのではなく、打突の機を捉えることにあると考えることで理解できるのではないかと思います。

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メン打ちの意味

 これまでのところで、剣道の技法は、

 「初太刀よる打突の好機を的確に捉えて『斬り付け』の刀法によって敵の体勢を崩す技術を学ぶものである」

と仮定してみました。

 しかし敵の体勢を崩すための打突部位として、「メン」「コテ」「ドウ」「ツキ」という四箇所の部位が定められているのは、どういう理由によるものと考えられるでしょうか。

 あくまで、竹刀は真剣であるという考えに基づけば、これらの打突部位以外の箇所を斬りつけても、相手を傷つけることは可能です。ですから、スポーツチャンバラのように、どこを打っても一本とする方がより実戦的であると考えるのが普通でしょう。

 やはり、剣道では安全性を考えて打突部位を制限しているのでしょうか。

 ここでもう一度、実際に真剣を持って対峙したときのことを想像してみましょう。

 真剣ならどこでも斬ることができるというわけで、多くの人が最初に攻撃しようと考えるのは相手の「足」ということが多いようです。特に現代剣道家は一般に足打ちに対する防御意識が希薄なため、薙刀などと対戦すると簡単に「スネ」を打たれてしまうようです。

 実は、私も何度か薙刀の方と対戦したことがありますが、薙刀のスネ攻撃はなかなかかわしきれませんでした。スポーツチャンバラでも、足への攻撃は最も勝率の高い方法だと聞きます。

 それなのに剣道ではなぜ足への攻撃が認められていないのでしょうか。

 これには日本刀の長さにその大きな理由があると考えられます。

 つまり薙刀のような長い武器ではなく、通常の長さの日本刀(刃長二尺三寸余り)で相手の足に斬りつけようとすれば、その姿勢を極端に低くしなければなりません。姿勢を低くすることは自在な動きを阻害し、自らの体勢の崩れにつながる可能性が大きくなります。

 自らの体勢が崩れてしまうような攻撃は、仮に相手の足に斬りつけることが出来たとしても、その直後には自らの上半身を相手の刀刃の下にさらすことになり、下手をすると相手の足と自分の命を交換することになりかねません。

 数ある古流剣術の流派の中には、足腰を徹底的に鍛えたり、長柄の武器を使用したりして、このような足攻撃を得意とする流派もあったようですが、成功率という点から見るとあまり効果的ではなく、一般化はしにくかったのではないでしょうか。

 結局このような技は、万が一失敗しても安全性が確保されているスポーツの世界では可能であっても、生死を分かつ実戦においては少々無謀です。したがって初太刀による足打ちの技は、薙刀のように姿勢を崩さずに打てる武器ならではのものと考えざるを得ません。

 では、足ではなく腿や腕や肩といった部位はどうでしょうか。これらは足斬りのように自らの体勢を崩さなくても斬りつけることが出来ます。

 しかし相手の体勢も崩れていなければ、直後にこちらも斬られてしまう可能性が十分にあります。しかも真剣勝負という互いが極度に緊張した状態にあるときは、手や足を多少斬りつけられても、その一瞬には斬られたことすら分からずにすかさず反撃してくるものです。

 このような状況だと、結局は互いに手足を斬りつけ合うのみで決定的な致命傷を与えることが出来ず、双方が血まみれになりながら、どちらか一方の体力が尽きるのを待つというような戦いぶりになってしまうでしょう。

 これでは必勝を求める「剣の技」としては成立し難くなります。

 それならば、自らの体勢を崩すことなく、ただの一太刀で相手の体勢の崩れを誘い、さらに二の太刀による必勝の「斬りおろし」の刀法につなげられるもっとも効果的な「斬りつけ」の部位はどこなのでしょうか。

 北九州市小倉北区赤坂の通称・手向山には、宮本武蔵の業績を讃えて、その養子伊織が建立したと伝えられる顕彰碑があります。巷間いわれるところの「小倉碑文」ですが、ここに次のような興味深い内容が刻まれています

 「宮本武蔵は、およそ十三歳より壮年まで、六十回余り勝負をしたが、一度も負けたことはなかった。そしていつも敵の眉八文字(眉と眉の間)を打たなければ勝つことはできないと決まったように言っており、つねにその的(まと)をはすことはなかった」

 武蔵が生涯六十余度の勝負を勝ち抜いたことは、武蔵自身が五輪書の冒頭でも述べ、世に広く知られていることですが、小倉碑文によるとこれらの勝負全てにおいて、武蔵は敵の眉八文字、すなわち顔面を打って勝ちをおさめたと記しています。

 つまり「顔面打ち」こそが剣豪武蔵の必勝の太刀筋だったわけで、五輪書「水の巻」にも「おもてをさす」という顔面攻撃の重要性が説かれています。

 人間は、顔面を攻撃されると、仮にその攻撃が当たらなくとも、思わず目を閉じたり、仰け反ったり、首を傾けて避けようとする反射行動をとってしまいがちです。しかし、一瞬が生死を分ける実戦の場では、この反射行動が致命的な「体勢の崩れ」に繋がってしまいます。

 顔面攻撃を仕掛けた方は、攻撃直後に自分の体勢を崩さぬようにしつつ、相手の瞬時の体勢の崩れを捉えて「二の太刀」による「斬り下ろし」の刀法で仕留めればよいわけです。

 つまり、初太刀の「斬りつけ」刀法の基本原則は、顔面攻撃にあるということが言えるのです。

 ですから、剣道の技法は「打突の機を捉え」て、「斬りつけ」の刀法によって、相手の「顔面を攻撃」するものと言えます。

 ところが、現代剣道では実際の日本刀より遙かに長い竹刀を用いて、相手の顔面ではなく頭頂部を打ち、更に打突後には相手の後ろまで駆け抜けるようにと指導されます。これはなぜなのでしょう。

 私は、かつて杖道の稽古の際に、神道流の袋竹刀を使って剣道経験のある兄弟子と素面素小手で打ち合いをしたことがありました。杖の師匠に知られればお叱りを受けてしまいそうですが、実はこの時の経験が私の剣道観を大きく変えました。

 袋竹刀は丸竹の先端を細く割って鹿革で覆ったものです。剣道で使用する四つ割竹刀ほどではないにしろ、思いっきり打たれると相当に痛く、もしも目でも突かれようものなら失明の危険さえあります。

 このような状況では心理的な恐怖感が先立って、いつものような思い切った踏み込みは出来ませんでした。打ち込む竹刀はようやく「かする」程度で、なかなか相手に当たってくれないのです。結局十分な踏み込みが出来ないまま、互いに手や肩や耳などを竹刀の先っぽでいやと言うほど「かすり合う」痛い思いをしてしまいました。

 そして最後の最後、これで終わりしようというときに、私はいつもの剣道の「メン打ち」を思い出し、この際「多少打たれても構わない」という気持ちで思いっきり相手の後ろまで駆け抜けるつもりで打ち込んでみました。するとようやく相手の額を打つことが出来たのです。

 袋竹刀ですらこのような状況です。きっと真剣での斬り合いの恐怖感は想像を絶するものでしょう。

 このため、防具を着けての竹刀打ちならば、普段の稽古の折りには、真剣より長めの竹刀を用いて、出来るだけ遠くの間合から思い切って飛び込み、相手の顔面ではなく更にその奥にある頭頂部を打ち、なおかつ打突後には相手の後ろまで駆け抜けるほどの勢いを持って打ち込む訓練を積んでいなければ、真剣を用いた実戦の場ではとうてい切っ先が届かないということを昔の人は知っていたのだと思います。

 ですから、現代剣道における「メン打ち」技法というのは、竹刀の物打ちで相手の頭頂部を打ちますが、元々は「斬りつけ」の刀法で顔面を打つものだったと考えられます。

 江戸時代に二天一流で使用された「面」防具には、面布団がついておらず、顔を保護する面金だけというものがあります。また、現代でも打突時の発声が「アタマ!」ではなく「メン!」となっているのは、おそらくこの名残でしょう。

 このように現代剣道は、真剣による顔面攻撃とその胆力を養うために行われた訓練方法が発展してきたものと考えることができます。


剣道は面一本!―小森園正雄剣道口述録


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メン以外の打突部位について

 次に、「メン」以外の打突部位、「コテ」や「ドウ」や「ツキ」といった打突部位にはどのような意味があるのか考えてみましょう。

 前述のように、「初太刀」の主たる目的が「自らの体勢を崩さずに、なおかつ敵の体勢を崩す」という点にあることを考えると、「顔面攻撃」以外はあまり功を奏しないため、本来の「打込み稽古」では、他の部位への打突は制限され、まずはひたすら「初太刀でメンを打つ」という稽古に発展していったと考えられます。

 すると、「メン」以外の打突部位は、そこを打突すること自体が主な目的なのではなく、この「メン打ち」の修練課程において、それを指導する側が「打突の機を的確に捉えていないこと」や「動作の無駄や緩慢さ」などを指摘したり教えるために打って教えたというものではないかと考えられます。

 すなわち、「メン打ち」の過程で手元が挙がり過ぎたり脇が甘かったりしたら「コテ」や「ドウ」を打ってやり、中心をしっかり取っていなかったり、打突時にあごが上がったり左手が浮いてしまったりしたら、それを教えるために「ツキ」で喉を突いてあげる。こういうものだったのではないかと考えられます。

 そのため、下位の者が上位の者に対していきなりツキを放ったり、メンを打たずコテやドウばかりを狙うようだと、剣道修練の本来の目的に適っていないということで非難されるわけです。

 ですから、剣道におけるメン以外の打突部位というのは、相手を殺傷するために効果的な部位ということではなく、初太刀の顔面攻撃を修練する上で必要な技術を教えたり学んだりするために考え出された打突の部位であると思われます。

 現代剣道では原則として右コテしか有効打としないことや、実戦では効果的と思われる肺や心臓ではなく目標の小さい喉を突くことなども、打突時における右手始動の悪癖を正すためや打突の機を捉えるための中心の攻防の概念を教えるためであると考えると納得できるのではないでしょうか。

 更に、逆の見方をすれば、相手に「ドウ」や「ツキ」を打たれるということは、自らの修行の未熟さを指摘されているのと同じ訳ですから、対外試合などで相手に「ドウ」を打たれたり、「ツキ」を突かれたりすることを、昔の武士は「非常な恥」と思ったようです。

 幕末に江戸の三大道場のひとつと言われた神道無念流「練兵館」斎藤弥九郎の三男歓之助はツキが得意で、日頃から「俺はドウを打たれるような未熟者ではない」と言って、稽古で「胴」の防具を決して着けなかったそうです。

 ある日、華麗なドウ技を得意とする北辰一刀流千葉周作の二男栄二郎と試合うことになりました。試合当日、歓之助は周囲が止めるのも聞かず、いつもの通り無胴で試合に臨みます。結果は千葉栄二郎のすさまじい胴打ちが見事に決まりますが、歓之助は胴を打たれても平然と立っていました。実は、彼は稽古着の下に女性用の帯を二本巻いていたのです。

 こうまでして、武士の意地を張り通そうとしたわけですね。

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相メンの稽古から始まる

 実戦においては、自分ばかりではなく相手も初太刀によってこちらの顔面を攻撃して来ます。

 この攻撃に対して自分の方が体勢を崩してしまったのでは、相手の「二の太刀」の攻撃によって逆に仕留められてしまいます。

 そこで相手の顔面攻撃に対して、こちらも決して怯むことなく、まさに「相打ち覚悟」で相手の顔面に初太刀の攻撃をしかけることが必要になってきます。これが剣道の修練上の形態として「相メン」というかたちになります。

 ですから剣道の修練は「相メン」から始まると言っても過言ではないでしょう。

 そしてこの修練を通して「捨てる」という非常に重要な精神性を学びます。

 つまり、相手に打たれることを恐れず(実戦ならば死を恐れずということになりますが)全てを捨てて「初太刀の一撃」にかける訓練を積むわけです。

 ここから、死を恐れぬ精神性、死を賭して全力で事に当たる精神性が育まれ、最終的には「死ぬことと見つけたり」という「武士道の精神」へと昇華されて行くわけですが、これについては項をあらためることにしまして、技術的には「相メン」の稽古を通して「打突の機会の確実な捉え方」と同時に「相手の打突に対する見切り」を修得してゆきます。

 「相メン」の稽古を通して「打突の機会」と「見切り」の技術を十分に修得すれば、剣道の修練は次の段階へ進んで行きます。

 すなわち、相手の初太刀の顔面攻撃をこちらが体勢を崩さずにかわすことが出来れば、次の瞬間にはそれを相手の体勢の崩れとして、こちらの「二の太刀」(技としてはこちらにとって最初の一撃かもしれませんが、局面としては対処してから打つということで二の太刀と考えられます)で仕留めることができます。

 これが返し技とか擦り上げ技、あるいは抜き技などに代表されるような、いわゆる「応じ技」で、これは主に「斬り下ろし」の刀法によって行われます。

 しかし、「打突の機会」や「見切り」を十分に修得していない段階で、安易に「応じ技」でコテやドウに変化してしまうことは、結果的に我が身を守って打とうとする「逃げ」の気持ちに繋がってしまう可能性が高いため、指導者によっては、初心者が「応じ技」ばかり使うことや、上位者に対して待ち剣で応じ返してしまうことを厳しく戒める場合が多いと思います。

 剣道を単に「スポーツ競技」として捉え、一定のルールのもとで打突ポイントを競って勝敗を決めることのみを目的とするのならば、それぞれのレベルに応じた「応じ技」を身につけることも大切かもしれません。しかし、結局その技はそのレベルの相手にしか通用しないものです。

 ですから、逆にその技を覚える段階で、剣道の技術で非常に大切な「機の捉え方」や「見切り」の修得が疎かになってしまう可能性が高いとしたら、これはもったいない話です。よく子供の頃に試合が強かった子が大きくなって伸びにくい、あるいは苦労するなどと言われることが多いのは、こういうところにも要因があるものと考えられます。


剣道は乗って勝つ


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更なる発展「一之太刀(ひとつのたち)」

  鋭い攻めと見切りの技術を高め、応じの技をさらに発展させて行くことにより、かつて剣豪とか名人と呼ばれた人たちは、究極の刀法を編み出しました。

 それは、敵の体勢を崩す先制攻撃としての「初太刀」と仕留めのための「二の太刀」が限りなく一体化した刀法です。

 これが香取神道流の塚原卜伝が唱えた「一之太刀(ひとつのたち)」であり、宮本武蔵が五輪書に記した「一つの打」と言われるものの極意ではないかと考えます。

 また柳生流には「合し撃ち」という技があり、一刀流でも「切落」と呼ばれた刀法がありますが、おそらくこれらの技も同じ極意のもと考えられるでしょう。

 現代における「剣道」の技法も、最終的にはここを目指すべきものなのだろうと私は考えています。


一の太刀 (ランダムハウス講談社時代小説文庫 し 1-20)


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まとめ

 この頁では、真剣の刀法を「斬りつけ」と「斬り下ろし」に分類することによって、現代の「剣道」における様々な疑問を解明すると共に、なぜ剣道では初太刀のメン打ちを大切にするのかということについて考察すると共に、剣道の技法上における最終目標を推理してみました。

 剣道は、防具と竹刀を用いて互いに自由に打ち合うという競技形態から、一般には安全性が確保された中で行われる模擬戦闘訓練という意味合いで捉えられがちです。

 しかし失敗しても安全性が確保されている状態で、どこを打って良いというルールにすれば、その技法は単にスピードと反射神経と運に頼った方向に流れてしまいがちです。体力や柔軟性に裏付けされた若いうちならば、その技術の修得も早いと思われますが、それを維持するのは難しいでしょう。これでは生涯にわたって必勝が求められる「剣の理法」としては成立しがたくなります。

 そこで、打突部位を制限して、例えば極端な話、「メン」しか有効打突と認めないというルールにすれば、その打突の好機、すなわち互いに中心を攻めて取り合うという技術が不可欠のものとなり、体力に依存しない、心と心の練り合いに重きを置かざるを得なくなります。

 剣道の技法は「機会を捉えて初太刀を打ち切る」ことにあります。

 つまり、剣道は、剣先による攻めによって打つべき機会(チャンス)を作り出し、その機会を的確に捉えたら、迷いなく全力で打ち切るということを学ぶものであり、一般に考えられがちな、竹刀で何処を打つかという「打突技術の巧拙を競う」ものでないということを、私たち剣道家自身が今一度しっかりと認識しなければならないでしょう。
\r\n その上で、何処をどのように斬る(打つ)のが実戦上有効かという技術は、打突部位の制限を外した自由な打ち合いから自得するよりも、先人の築き上げた正しい理合に則った合理的な太刀運用法を何度も反復練習する形稽古によって修得するほうが遙かに効果的です。

 古流剣術の世界では、各流各派がそれぞれの理合に基づいた太刀運用法を剣術形として伝えていますし、剣道にも古来からの数多くの流派の太刀運用を統合し現代の「剣道」に則したかたちで編纂した日本剣道形があります。現代剣道家といえどもこのような形稽古を通して正しい太刀運用を学ぶことは必要なことです。

 このように、私たちは、竹刀稽古で修練すべきこと、そして形稽古で学ぶべきことをしっかりと認識し、両者をバランス良く修行すると共に、後進にもそれを正しく伝えてゆくことが、今後の剣道発展のために大切でしょう。

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