[3]剣道形の思想

剣道形の更なる考察

 前項において、日本剣道形の1~3本目は、剣道における基礎的理合である「間合」「正中線」「中心(打突の機会)」の大切さを教えるものであると書いてきました。

 しかしよく考えてみると、単にこれら3つのことを教えるだけならば、何もわざわざ大仰な剣道形に託して教え伝えるまでのことはなく、通常の竹刀稽古の中での基礎練習として教えてゆくこともできるものです。

 実は、「日本剣道形」の元になっている「大日本帝国剣道形」が、大正の始め、まだ「武道」という言葉が一般化しておらず、現在の剣道も「撃剣・剣術」などと呼ばれていた時代に制定されたにも関わらず、「剣術形」ではなく、あえて「剣道形」と命名されています。

 これはなぜなのでしょう。

 先に述べた剣の理合を教える「剣〈理〉形」という性格は、むしろ付加的なものであり、もしかすると日本剣道形はその名の通り「剣〈道〉形」として、そこに剣の「術理」を越えた、人間としての「道理」を表現しようとしたのではないかとも考えられるのです。

 もっとも、この剣道形が制定された大正の時代にあっては「人間として」というよりも「大日本帝国の国民として」という観念の方が強かったかもしれません。

 これは現代で言えば「日本国民として」ということになりますが、今風の感覚で捉えるなら、むしろ「日本人として」というニュアンスに近いものと思われます。

 ですから、「大日本帝国剣道形」という名称は、現在なら「日本人の剣道形」という意味合いだったのではないでしょうか。

 では、この「剣道形」が、私たち日本人に何を教えようとしているのか。

 このことを考えようとしたとき、平成13年11月25日に、ある機縁を得て静岡の剣道範士井上義彦先生にお目にかかり、先生より剣道形に関する貴重なお話しをいただくと共に、剣道形を直接ご指導頂いたことを思い起こします。

 この出会いは私にとって大変衝撃的なものでした。

 そしてこの折りの経験こそが、私が真剣に剣道形について考えようとするきっかけになったといっても過言ではありません。

 したがって、以下は井上義彦先生の教えを基にし、そこに未熟ながらも私なりの考察を加えた内容を発表してみたいと思います。


[上へ]

剣道形の成り立ち

 日本剣道形(旧大日本帝国剣道形)制定の経緯を見ますと、1本目から3本目までは当時の文部省が、旧制中学校に撃剣教育を取り入れる際に制定したもので、4本目以降はこれに付け加える形で、当時の武徳会が制定したということになっているようです。

 すなわち、明治44年に当時の中学校(旧制)の正科に「撃剣」が加えられることになり、その指導目的や指導方法を統一するために、同年の11月に文部省主催の講習会が開催され、その場で制定されたのが「文部省制定形」の3本であり、その後に大日本武徳会がこれに4本目以降を加えて、太刀7本、小太刀3本の計10本としたものが「大日本帝国剣道形」として大正元年に制定され、更に昭和56年にこれを現代語に書き改めたのが、現在の「日本剣道形」であるということになります。

 これを、分かり易く書けば、

「文部省制定形(太刀3本)」+「武徳会制定形(太刀4本、小太刀3本)」
=「大日本帝国剣道形(太刀7本、小太刀3本)」

であり、この現代語訳版が「日本剣道形」ということです。

 そこで、これを踏まえて、とりあえず「日本剣道形」の1本目から3本目までについて考えてみましょう。

 現在の「日本剣道形」の1本目から3本目までは、明治の末期に、当時の中学生に対する正科としての剣道指導の目的のため、文部省主導によって作られたものであると言えます。

 このことから、この形の指導対象は当時の一般中学生であり、決して剣道専門家に対するものではないこと。そして文部省が作ったものである以上、そこに何らかの教育的意義が盛り込まれているであろうことが想像されます。

 では、当時の文部省が一般中学生に対して求めた教育的意義とは何だったのでしょうか。

 いくら各流各派の剣術形の寄せ集めとは言え、少なくとも数ある剣道の基本技の中から、中学生を対象に「相上段からのメン抜きメン」「相中段でのコテ抜きコテ」「相下段からのツキ返しツキ」という固有の技の「かたち」だけを教えているものでは無いはずだということは分かります。

 それなら、なぜ中学生に教える剣道形の1本目が相上段なのか。

 実は、ここで井上範士に教えて頂いたのが、「正(義)」「仁」「勇」という日本古来からの3つの教えでした。

 日本の天皇家には、代々伝わる皇位継承の証として、三種の神器というものがあるそうです。これは日本神話の天孫降臨に際して、天照大神から授けられた3つの宝物(神器)で、八咫鏡(やたのかがみ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)の3種です。

 そして、これら三種の神器は、天皇が国を治める上で大切なこと、すなわち日本国の統治理念として、鏡は「正(義)」の象徴、玉は「仁」の象徴、剣は「勇」の象徴と言われているそうです。

 今でこそ「天孫降臨」などという話を学校教育の場に持ち出すと、一部から非難を受けるかもしれませんが、当時大日本帝国憲法下で国家元首とされていた天皇陛下と、その陛下による国家統治の理念が、学校教育における剣術形の理念として、そこに持ち込まれるのは、むしろ当然のことと考えてよいかもしれません。

 そこで、「文部省制定形」の3本は、当時の中学生 (※蛇足ですが、当時の旧制中学は義務教育ではなかったと思います。進学率のまだ低い時代にあって、中学に進む者は、いわば日本の将来を支えるエリートたちであったはずです。) に対して、日本国家統治の理念である「正」「仁」「勇」の考え方を剣術の形に託して教え、それによって日本国民、日本人としての在り方、生き方を教育しようとしたものではなかったと考えてみました。



剣聖と極意 日本剣道形 [DVD]


[上へ]

1本目「正」 — 命を断つ

 剣道形一本目において、打太刀、仕太刀の双方が上段に構えるのは「正」の象徴です。

 古来より「戦い」は「正義」と「正義」のぶつかり合いです。自分が「正義」を主張して戦うならば、相手も相手なりの「正義」を主張して挑んできます。

 仮面ライダーは「正義」で、対するショッカーは「悪」だということはあるかもしれませんが、剣道の試合などにおいて、自分のチームは「正義」だけれど、相手のチームは「悪」だということはありません。いやショッカーであっても、ショッカーなりの正義はあるのでしょう。

 農耕民族である日本人にとっては、領土の拡張は「正義の行為」でした。互いに領土を拡張してゆけば、やがて境界線でのぶつかり合いが生じます。ここで勝てば勝った方が「正義」であり、負けた方は領土を失います。これが「正義の戦い」です。

 「正義の戦い」に勝つためには、敵を知り、己を知り、その相互関係を常に知る必要があります。このことを一本目の形は、剣術における「間合」の見切りと「先々の先」の気位を通して学ばせようとしています。

 師の位である打太刀は、仕太刀が互いの「間合(関係)」を見切る観察眼と相手の動向を見逃さず常に先手を取って対処できる「気位」が充実したのを見て取れば、これを「機」とみて、大きく踏み込みながら仕太刀の両拳と柄もろともを真っ向両断にする太刀筋で斬り下ろし、結果として打太刀の剣先が届くその最大の「間合」を仕太刀に教えてやります。

 仕太刀は打太刀の打ち込みとその太刀筋を瞬時に、そしてぎりぎりの見切りでかわし、そこから踏み込んで自らの太刀が打太刀の頭蓋を割る一足一刀の「間合」を学びます。

 常なる「先々の先」の気位と正確な「間合」の見切りにより、敵の攻撃に瞬時に対応して撃退し「正義の戦い」に勝利した瞬間です。

 頭蓋を割られた打太刀は、術理上はその場に倒れます。

 人によっては、打太刀は倒れず、だらだら血を流しながらもその場に立っているのだという解釈もあるようですが、そのような状態でありながら、打太刀が打突直後の剣先を下ろしたやや前屈みの姿勢を保ったままで1歩、2歩と引くのは、やや不自然さがあります。

 まだ絶命しておらずに反撃のために後ろに引くというならば、まずは剣先を上げ体を起こすのが自然ではないでしょうか。

 そこで私は、打太刀が仕太刀に打たれたあとに、そのままの姿勢で小さく1歩引くのは、斬られてその場に倒れたということを表現するための「形の上での所作」ではないかと考えました。

 よくチャンバラの芝居などで、斬られ役が主人公に斬られると、その斬られたままの姿勢で後ずさりしながら舞台の袖に消えてゆくという光景を見ることがあります。

 芝居のお話上では、斬られた者はその場に倒れ伏すわけですが、それでは斬られた人間が舞台のそこら中にゴロゴロしていることになり、次の芝居のじゃまになってしまうために、斬られると同時に舞台の袖に引っ込んでゆくわけです。

 観客は、斬られ役が舞台の袖に逃げ込んだのではなく、斬られてその場で死んだのだと解釈して芝居を見ています。

 これと同じようなものだとは考えられないでしょうか。

 頭蓋を割られた打太刀はその場に倒れ伏しますが、それを形の上では斬られたままの姿勢で1歩下がるという所作によって表現します。

 しかし、倒れただけで絶命しているかどうかは分かりません。もしかするとまだ息が残っていて反撃してくるかもしれません。

 そこで、仕太刀は倒れた打太刀に剣先をつけて「油断のない残心」を示します。

 本来なら倒れた打太刀に剣先を向けるのですから、剣先を下段につけるべきですが、形の上では打太刀は立ったまま1歩引くだけなので、その顔面に剣先をつけることによって、この「油断のない残心」を表現します。

 つまり「かたちの上」では顔面に向けてほんの少し剣先を下ろすだけですが、「術理の上」では、倒れた打太刀に油断無く剣先をつける心持ちで行ないます。

 そして、打太刀はここから更にもう1歩、そのままの姿勢を保ったままで後ろに下がります。

 これは打太刀の絶命、いわゆる「死」を表現した所作と考えられます。

 打太刀の死を確認すれば、もう反撃される恐れはありません。そこで、仕太刀は上段に振りかぶります。

 この上段にはどのような意味があるのでしょうか。

 打太刀は既に死んでいるのですから反撃に対する備えの残心であるはずがありません。また、仮に「備え」ならば下段につけるべきです。

 私は、これは「正義の戦い」に確かに勝ったことを表現し、なおかつ自らの正義を改めて確認するための、いわゆる「勝ち名乗り」の姿勢であると解釈しました。

 しかし、井上範士は「単なる勝ち名乗りではない」と教えて下さいました。

「たとえ正義の戦いであっても、人が人を殺すということは悪行である。」

「人間ならば、正義のためとはいえ、やむを得ず殺人を犯してしまったことによる懺悔の気持ちが必ずなければならない。」

「従って、仕太刀が最後に上段に取るのは、「懺悔」の気持ちと、奪った命を天に返す「祈り」の気持ちを表現しているのだ。」

と教えて下さったのです。

 そして、この「懺悔」の気持ちがあるからこそ、2本目の理念に繋がってゆくのだということです。

 確かに、一般社会においても「正義」を主張し続けることは、ときに他人を傷つけることになりかねません。

 私自身も些細な正義を主張することによって、結果的に傷つけなくても良い人を傷つけてしまったり、それによって味方とするべき人を敵に回してしまったりということが幾度かありました。

 「人間として生きて行く上で、決して正義ばかりが全てではない」

 こういう反省を込めて、剣道形2本目の考察に入りたいと思います。


[上へ]

2本目「仁」 — 技を断つ

 剣道形2本目の中段の構えは「仁」の象徴です。

 「仁」とは、他人を大事にする気持ち、いわゆる慈悲仁愛の心です。

 1本目が互いに正義を主張して、勝利こそ唯一の是とする「戦い」の姿勢で臨むのに対し、2本目の中段の構えは、1本目で学んだ「間合」を大切にし、相手との相互関係を更に重視した攻防一致の構えです。

 自ら進んで戦いに赴くのではなく、出来れば戦いを避けたい気持ちが構えには表れています。

 しかし、決して「守り」や「逃げ」の気持ちではありません。

 構えは静かであっても心は常在戦場、常に相手の動向を注視し、いったんことが起これば、直ちに機先を制して敵を撃破する「先々の先」の気位です。

 「水に浮かぶる水鳥の身体は構えで足は心」

 この中段の構えが、剣道の常の構え、基本の構えとされる所以もここにあると思います。

 師の位の打太刀は、仕太刀のこの中段の構えと気位が充実したところを見計らい、そこを「機」と見て、仕太刀の小手を斬りに行きます。

 「仁」の理念を持つ2本目の技には、1本目のような殺人の太刀筋はありません。

 仕太刀が未熟なら腕1本を切り落とすぞという太刀筋です。

 ですから、1本目のような下まで切り下ろす「斬り下ろし」の刀法ではなく、腕を切り落とせばそれで十分という「斬りつけ」の刀法になります。

 仕太刀は、「左足から右足をともなって左斜め後ろに引く」という動作によって、打太刀の打ち込みをかわします。

 1本目のように、力と力が真正面からのぶつかり合うような戦いでは、力の勝る方が相手を殺さなければ勝利を得ることが出来ません。

 しかし自らの正中線を保ったままに相手の正中線を外した位置に立てれば、この時点で圧倒的優位に立つことが出来ます。

 この体裁きこそが、武術の基本中の基本とも言えるものです。

 正中線を利用した体裁きによって、相手より優位に立てば、そこに心の余裕が生まれます。

 1本目で生じた「懺悔」の気持ちが、心の余裕に伴って「慈悲仁愛」の心となってよみがえります。

 これが「仁」の理念です。

 一般的な剣道の基本技では「コテ抜きメン」が当たり前なのに対して、剣道形2本目が「コテ抜きコテ」となっているのは、そこに「仁」の理念、慈悲仁愛の心があるからです。

 相手の面を斬って、1本目と同じように相手を斬り殺すことのできる体勢を作りながらも、面を斬らずに小手を斬り落とすのみで勝負を終えます。

 つまり、1本目では敵の「命」を奪って勝利しますが、2本目では「命」まで奪わず、その戦闘力を奪うのみで勝利します。

 相手は死なずにその場に立っていますので、小手を切った体勢のまま「油断のない残心」を示します。

 剣先を顔面につけたり上段に振りかぶったりする無駄な動作は必要有りません。

 井上範士からは、1本目が「戦いに勝つための術」を教えている形だとすれば、この2本目は「術から剣道本来の道に進む」その入り口を教えていると教わりました。

 術から道へ、剣道の修行は、この2本目の形の修練を通って、剣道本来が目指すべき「道」へ向けた3本目の修行へと入ってゆきます。


[上へ]

3本目「勇」 — 心を断つ

 剣道形3本目、下段の構えは「勇」の象徴です。

 「勇」というのは、気力が体中に満ちあふれた状態で、何事にもおそれずひるまず当たってゆく強い心です。

 しかしその「強い心」を表に現してしまえば、それはただの蛮勇になってしまいます。

 真の勇「大勇」は、いかなることにも心を動かされず、冷静沈着に対処できる「不動の心」です。

 下段の構えは「構え有って構え無し」いわゆる「有構無講」の構えとされています。

 「戦う」とか「戦わない」とか、「勝つ」とか「負ける」とか。そういうところに一切とらわれない、「無心の構え」「自然の構え」を表現しています。

 そして、「勇」の心は全く動かない「不動心」です。

 しかし、心が止まった「止心」ではありません。

 相手の心の動きを的確に捉え、刻一刻と変化する周囲の情勢に対して、瞬時に、しかし静かに決してあわてたり先走ったりすることなく自然に対処してゆく「無心」の心です。

 間合に接した打太刀は、仕太刀の「不動の心」を試すべく、剣先を静かに上げてゆきます。

 仕太刀はこれに自然に反応して、打太刀の動作にピタリと追従します。

 少々余談になりますが、剣道形を打つに当たって、打太刀は師の位、仕太刀は弟子の位ということで、打太刀の動作が先、仕太刀の動作が後ということがよく言われます。

 そして、このことから「仕太刀はやや遅れて...」という表現を持って、打太刀と仕太刀の動作に時間差を持たせるように指導してくださる先生がいらっしゃいます。

 しかし、これは違うのではないでしょうか。

 「仕太刀が後」というのは、仕太刀が打太刀に先走ることがないという意味で、打太刀より遅れるという意味ではないように思います。

 仕太刀の動作が打太刀の動作より遅れたら、物理的に言って、仕太刀が打太刀に勝つことは出来ません。

 「仕太刀が後」というのは、ちょうど物体本体とその影のような関係と見ればよいのでしょう。

 ピーターパンのマンガアニメでもない限り、影は決して本体より先に動くことはありません。しかし本体に遅れることもありません。

 打太刀の動作に、まるで影のように追随して対処する。振り払おうとしても決して遅れることなくピタリとついてくる。

 こういう状態だからこそ、それが「仕太刀の攻め」として活きてくるのではないかと思います。

 さて、話をもとに戻しましょう。

 中段まで剣先を上げてきた打太刀は、仕太刀の心が全く動じることなく自然に追従してくるのを見取った上で、そこを「機」とみて、仕太刀のその「不動の心」を真っ直ぐ突いてやります。

 ここで仕太刀の心が動かされ、無駄な動作を見せてしまえば、仕太刀の未熟です。

 しかし、仕太刀は全く動じることなく、打太刀の剣先の届く間合を的確に見切った上で、自らの正中線をしっかり守りつつ、軽く入れ突きに萎やすと同時に、打太刀の心を突き返します。

 仕太刀の心を動かすつもりで突いた打太刀の心が逆に動かされ、打太刀は左右自然体の構えでかろうじて仕太刀の剣先をしのぎ反撃に転じようとしますが、仕太刀の心と剣先は全く不動のまま打太刀の反撃を許さず、その心と中心を攻め続けます。

 位詰めに攻め込まれて打ち気を削がれ、顔の中心にピタリと剣先を付けられた打太刀は完全なる敗北です。

 本人ばかりではなく、誰が見ても完璧なる仕太刀の勝利です。

 しかし、打太刀の身体はどこも傷つけられておりません。

 再び余談ですが、ここで剣道形の攻防を剣道の試合に見立ててみましょう。

 もし剣道形を審判した場合、1本目ならば迷うことなく仕太刀の「メン」に旗を揚げることができます。

 同じく2本目も仕太刀の「コテ」に旗が揚がります。

 では、3本目の場合はどうでしょう。仕太刀の技に旗を上げることが出来るでしょうか。

 3本目では明らかに仕太刀が勝っているにもかかわらず、現在の剣道競技のルールでは旗をあげることが出来ません。

 井上範士は、ここがスポーツ競技としての剣道と武道としての剣道の境目であり、剣道は、この剣道形3本目の修行によって「術」から「道」へ至るものと教えて下さいました。

 最近、剣道のオリンピック化が議論されています。

 例えば、他のオリンピック格闘種目のように、もしも剣道の勝敗をポイント制とし、その基準をスポーツ的な観点で設けようとすると、剣道形1本目のように確実に相手を仕留められる強烈なメン打ちに対しては5ポイントを与え、2本目のようにコテを打っただけでまだ相手が完全に仕留められたと言えない状況の場合は2ポイントとなるかもしれません。

 すると3本目のように相手を追い込んで下がらせることは出来ても、相手のどこにも剣が触れてもいない状況では0ポイントとせざるを得なくなります。

 しかし、日本の武道的感覚では、1本目のように相手の命を奪わなければ勝てないのは、まだまだ未熟だから1ポイントになり、2本目のように、相手に怪我をさせてしまっても、命まで奪うことがなかった場合には3ポイント、3本目のように、相手をいっさい傷つけることなく勝利するのが最高の5ポイントという判定になるでしょう。

 現時点で、剣道のオリンピック化についてはあえて賛否を述べませんが、仮にオリンピック化する場合には、この違いを世界にどうやって理解させられるか、そして勝敗を決める判定システムに、この違いをどう繁栄させられるかが難しいところだと思います。

 さて、再び本題に戻りますが、このように剣道修行の最終目標が剣道形3本目にあるとすると、それは敵を殺さず傷つけずに勝つ境地を目指すということになります。

 言い換えれば敵を「生かして」勝つということになり、更に言い換えれば「相手の身を滅ばさずに活かして」勝つ境地を目指す、いわゆる「活人剣」の思想へと繋がって行きます。

 多くの武道や武術と呼ばれるものが、どちらかというと「敵を制して我が身を護る」という「護身術」としての意味合いを強くしながら現代に受け継がれているのに対し、剣道の場合は、日本刀という人を殺傷するための武器を扱いながら、「我が身を賭しての命がけの修行」の果てにあるものは「我が身ではなく、敵の身を護る」というところに行き着いてしまいます。

 なんとなく面白いですね。


[上へ]

剣道形の思想

 以上のように、大日本帝国憲法下で、当時の中学生教育のために作成された「文部省制定形」の3本の形は、大日本帝国の国民としてというより、武士として人間としての有るべき姿、目指すべき境地を教えようとした、とても崇高なものであったように思います。

 ところが、歴史の流れは、この剣道形に盛り込まれた「崇高な精神」をないがしろにして、剣道を単に戦争への道具として利用していってしまいました。

 後年、中山博道先生が「剣道形が正しく伝わっていない。今の剣道は形の心がない形無しだ。」と言って嘆かれたというのは、このようなところにも原因があったのかもしれません。


[上へ]


[前頁]   [目次]   [次頁]