[2]伝統の足さばき

足構えの基本

 あらゆる運動競技において、足の踏み方や運び方は基本中の基本となるものです。とくに剣道において、足構えと足捌きは正しく確実な体勢と打突の前提となるものですから、しっかり習得しておかなければなりません。

 剣道における足構えの基本となる踏み方、開き方は、その人によって多少の差異がありますが、だいたい自然に歩くときのように、右足を約半歩、おおよそ自分の一足分の長さ程度を前に踏み出し、左右の足幅もおよそ一足幅だけ離して踏みます。

 そして踵を床にべったりと着けてしまわないように注意しながら、右膝を少し曲げ、左膝は突っ張らない程度に軽く伸ばして、両足に体重をほぼ均等にかけます。

 また、剣道には「薄紙一枚」という教えがあります。踵加重になって居着いてしまわないよう、踵と床の間に薄紙が一枚が入るくらいの隙間を持たせて立ちなさいという教えです。

 ですから踵を床につけないとは言っても、踵を高く上げてつま先立ちをしなさいという教えではありません。つま先側に加重しつつも踵を下に踏むような気持ちで膝の裏(ひかがみ)を軽く伸ばして立つのが、剣道の正しい立ち方です。

 ただし、初心者の場合には、特に疲れてくると踵を床につけた楽な姿勢をとってしまいがちになりますので、最初のうちは多少踵が高くても、まずは「踵を床につけない」ということのみを意識して稽古するのがよいでしょう。

 稽古を積んで足腰が練れてくれば、ひかがみを伸ばして薄紙一枚の感覚が次第につかめるようになってくるはずです。

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撞木足について

 剣道では、左足の爪先を外側に開いた、いわゆる「撞木(しゅもく)足」は良くない足構えと指導されます。一方、古流の剣術流派によっては、両足をやや広めに踏み据えた橦木足の立ち方を伝えるところも少なくありません。
 これについて解説しておきましょう。

 古流の剣術は、大きく「介者(かいしゃ)剣術」と「素肌剣法」に分類されます。前者は合戦の場で鎧甲(よろいかぶと)を身につけた状態での戦闘を想定していますし、後者は平時に普通の服装での戦いを想定しています。

 鎧甲を身につけていれば、敵の刀身が多少我が身に当たっても大きく傷つくことはありません。ですから、鎧で我が身を守りつつ自分の刀が敵に十分届く間合に入り込んで、敵の鎧の隙間を正確に狙うか、あるいは鎧ごと叩き斬ってしまうような刀法が求められます。

 斬りつける部位も手足や脇、首筋など多彩ですし、重い鎧を着けての近間での勝負は、組み討ちまでも想定するため、腰を落として足を開いた安定性のある構え、すなわち身を沈めた「沈(ちん)なる構え」になります。足構えもつま先を開いた鐘木立ちが主流になります。

 現代に伝わる剣術流儀の中でも、香取神道流などはこうした「介者剣術」の趣を残しているようです。

 一方、戦国時代の末期になって鎧甲を着けての合戦の機会が少なくなると、剣術は平時の服装での戦いを想定した「素肌剣法」へと変化してきました。

 鎧を着けない素肌での戦いになりますと、敵の刀身が自分の身体に触れただけで、触れどころが悪ければそれが致命傷になってしまう恐れが十分にあります。

 さらに、重い鎧甲を着けていないため、互いの動きが敏捷になり、敵の動作の隙をついての一瞬の飛び込み打ちや、偶然の一撃が勝敗を分ける可能性も高くなります。

 自分が敵を斬りつけられる間合は、敵も自分を斬りつける間合ですから、素肌では容易に間合に近づくことが出来ません。そのため、互いに刀身の届かない遠い間合から、敵を斬ることのできる間合への入り方が重要になります。

 つまり敵を一刀両断できる間合に入り込んだときに、自分は敵を斬る体勢が出来ていても敵は自分を斬ることができない体勢になっていなければなりませんから、そういう状態をどうやって作るか、あるいはそういう状態を作りつつ間合に入り込むにはどうすればよいかということが「素肌剣法」においては技法上の重要な課題になったわけです。

 そのため、互いに遠い間合で向かい合い、瞬時に動きやすいように腰を伸ばして真っ直ぐに立った姿勢、すなわち現代の剣道のような「直ぐ立ったる構え」が素肌剣法の主流になりました。

 そして、敵の体勢を崩しつつ一刀両断できる近い間合に入り込む方法として、遠間からの第一撃、いわゆる初太刀で敵の顔面を攻撃しつつ間に入る方法が工夫されるようになり、この修練のため、当初は自流の形稽古を安全に行うために利用した竹刀に、さらに面防具を加えて、初太刀の面攻撃の稽古に用いたものが、やがて流派を超えて一般化するようになり、それが現代の剣道へと発展して来たと考えられます。

 さらに、鎧甲を着けない素肌で真剣を持ち、遠間から初太刀の面攻撃を仕掛けることは、相当な勇気を必要とすると共に、攻撃を仕掛けるまでの課程において様々な精神的駆け引きも必要になってきます。そのため、剣道の修練は単に竹刀で相手の面を打つという技術を超えて、互いに心と心で戦い、心で敵を制すという心法に昇華してゆきました。

 この修練の課程において、敵に対して斜(はす)に構えず、真正面から向き合って、ここぞというときには、全てを捨てきって、ただ真っ直ぐに面に打ち込むと技術と心構えが大変重要になってきます。

 半身にならず足を前に向けて真っ直ぐ正対して構えなさいという教えはこのためであり、ある意味剣道の技法上の特徴を象徴した教えとも言えるでしょう。

 もっとも、この教え自体もあくまで初心者向けのものであり、熟達してきて竹刀を真剣の鎬を扱うように遣えるようになると、完全正対ではなく僅かに右斜めに構える、いわゆる右自然体という構えに変化してゆきます。

 正しい足の構えが身についた人は、更にこうした微妙な構えの違いにも気を配ってみると良いでしょう。

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常の歩き

 剣道で求められる足運びは通常の歩行動作と異なる部分があります。ですから剣道の足さばきを学ぶためには、スポーツ的な既成概念としての「蹴る」あるいは「飛ぶ(跳ぶ)」という意識を変える必要があります。

 五輪書には「足づかいの事」として、以下のような記載があります。

   足のはこびやうの事は
     爪先を少しうけて踵を強くふむべし、
   足の使ひやう
     時によりて大小遅速はありとも
     常にあゆむが如し、
   足に飛足、浮足、ふみすゆる足とて、
     是三つ嫌ふ足なり、

 この中の「常に歩むが如し」ですが、ほとんどの五輪書訳本は、これを「歩み足」と訳して、二天一流(二刀流)は、通常の剣道に用いられるような「送り足」ではなく「歩み足」で行うものだと解釈しています。

 しかし、武蔵の言う「常に歩むが如し」は、そういう意味ではありません。

 これは、「人間が通常に歩くときと同じメカニズムで足を運べ」と言っているのです。わかりやすく言えば、「兵法(剣術・剣道)だからと言って特別な足の運び方があるのではなく、通常に我々が歩くときに用いる足の運び方と同じで良いのだ」ということです。

 ただし、この「通常の歩き方のメカニズム」が、武蔵の時代と現代とでは大きく異なるので、現代人である私たちは、武蔵の言うことが理解し難くなります。

 その典型例が最初に書かれている「足のはこびやうの事は爪先を少しうけて踵を強くふむべし」という内容です。普段、私たちはこのような歩き方をしませんね。

 私たちが歩くときは、一般には膝と足首を軽く曲げた状態から、それらを伸ばす動作によってつま先で地面を踏み蹴ります。そしてこのときに足裏(つま先)と地面との摩擦で得られる力で身体を前方へ運びます。

 ですから、一般的なスポーツでは、踏み蹴りやすいように、踵がやや高くなったシューズを履き、更に靴底にラバーを貼ったりスパイクを取りつけたりして、地面との摩擦を大きくしようとする工夫がなされています。

 ところが、日本の昔からの履き物は、下駄や草履、草鞋(わらじ)というようなものが主流です。これらは基本的に踵を固定せずに、前の鼻緒を足の指の間に引っかけるだけです。(長距離を歩く草鞋には踵を固定する紐も付いているようですが)

 このような履き物を履いて、現代のような歩き方・走り方をすれば、下駄や草履はすぐに脱げてしまいます。つまりこれらの履き物は、後ろ足で地面を蹴って進む歩行動作には適していないのです。

 逆の言い方をすれば、昔の日本人は下駄や草履のような履き物に適した歩き方、すなわち後ろ足で蹴って進むのとは違うメカニズムの歩き方をしていたということになります。そして、この歩き方こそが、武蔵の言う「常に歩むが如し」という昔の人の歩き方のメカニズムなわけです。

 こうした歩き方のメカニズムの違いは、西洋のように草原を獲物を追って走り回る狩猟民族と、日本のように滑りやすい泥田で暮らす農耕民族の生活習慣の違いから来たものだろうと考えられます。

 日本の剣術・剣道は、その農耕民族である日本人に由来するものですから、そこに使われる足運びの技法も、西洋のそれとは違ったものになるのも不思議なことではないでしょう。


本当のナンバ 常歩(なみあし) (剣道日本)


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竹馬のメカニズム

 後ろ足で蹴らずにどうやって前に進むのか?と疑問を持たれる方も多いと思います。実は、蹴らなくても前に進む方法があるのです。それが竹馬の歩行メカニズムです。

 竹馬遊びを思い出してください。竹馬には膝関節も足首もありません。ただの1本の竹の棒ですから、人間の足のように竹馬自体で「蹴る」という動作は出来ません。にもかかわらず竹馬は前進しますし結構速くも走れたりします。

 そこで、竹馬の歩行メカニズムを解明してみましょう。

 竹馬にバランス良く乗っている状態で、まずは左の竹馬に加重します。そして加重すると同時に左手を前方に伸ばして左の竹馬を前に倒し込んで行きます。すると竹馬に乗っている自分自身の身体が左側の竹馬の倒れ込みと一緒に前に移動して行きます。

 このままですと、竹馬と一緒に前に倒れ込んでしまいますので、このとき加重していない右の竹馬を前に運んで、倒れ込む自分の身体を右の竹馬で支えます。

 次に、支えると同時に今度は右の竹馬に加重しながらその竹馬を更に前方へ倒し込んでやりますと、左の竹馬が引きずられるように前に引っ張り上げられて来ますので、それを前方に持っていって、右の竹馬と一緒に倒れ込む身体を左側の竹馬で支え、同時に支えたその竹馬をまた前方へ倒し込んでやります。

 すると再び右の竹馬が前方へ出て行って身体を支え・・・というように、この繰り返しで竹馬は前進します。

 つまり、加重した側の竹馬が地面を蹴って進むのではなく、竹馬自体(軸)を前方に倒し込んで、それに乗っている自分の身体(重心)を前に移動(滑落)させ、その滑落を反対側の竹馬で受け止めて支えると同時に更にその竹馬(軸)を前方に倒し込んでやるということを繰り返して進む歩行のメカニズムです。

 左右の竹馬(軸)を交互に前方に倒し込んで行くことによって前進しますので、このような歩行を二軸歩行という名称で紹介している書物もあります。

 竹馬の場合は、軸を前に倒す操作は竹馬を掴んだ手を前に出すことによって行いますが、剣道では加重した側の腰を前に出すことによって行います。これを「腰を入れる」と言います。

 つまり、右足前・左足後の右自然体で構えた状態から、左の足(軸)に加重すると同時に左腰を入れて前に出します。すると竹馬と同じように左軸を主体に身体が前方に倒れ込んで行こうとします。

 更にこのとき、武蔵の言うように「左足のつま先を上げて、踵を踏め」ば、軸の倒れ方は瞬間的に更に大きくなります。

 そこで、倒れ込もうとしている身体を支えている右膝を緩めて右足を前方に滑らせ(イメージとしては、踵から足先に向かって足裏を床から引きはがすような心持ちで、足先ではなく膝を前に出して行きます。これを「膝を抜く」と言います。)て、倒れ込む身体を受け止め支えます。

 次に、右足で受け止めると同時にその右足に加重し、右膝を伸ばしながら床を強く踏んで重心を引っ張り上げて来ると、左足は自然に右足のそばまで引きつけられてきます。

 これが、武蔵が言う「右・左と踏む、陰陽の足」になります。


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階段歩行の観察

 竹馬歩行のメカニズムを理解する上での参考として、街中の歩道橋や電車の駅などで、階段を下りる人をよく観察してみて下さい。

 階段を下りる場合には、多くの人が両手をダラリと下げたまま、ほとんど前後に振らずに下りていると思います。しかし、階段を下りきって平地にたどり着くと、今度は両手を前後に振って歩き始めます。

 私たちが普通に歩くときには、体の真ん中を縦に通る軸を中心に腰を回転させて後ろ足で地面を踏みけり、その反動で反対側の足を前に踏み出しています。そしてこの時に肩は腰と反対方向に回転して上半身を捻りながら身体全体のバランスを取ろうとします。このため普通に歩くと前に出した足の反対側の手が自然に前に振られます。

 ところが、階段を下りるときには、後ろ足で蹴るという動作がなくなります。このため腰は回転せず、真っ直ぐ前を向いたままです。腰が回転しなければ身体も捻られることがありませんので肩も真っ直ぐ前を向いたままになり、それによって手も振られずにダラリと下がったままになります。

 そして、階段を下りきって平地を歩き始めると、また後ろ足で蹴る動作が出てくるために腰が回転し、それに伴って両肩も回転するため、再び手が前後に振られ始めるわけです。

 今度は、階段を上っている人をよく観察してみて下さい。おそらくほとんどの人たちは、平地を歩くときと同じように手を振りながら上っていると思います。これは階段を上るときに、後ろ足で蹴るという動作で身体を上方へ持ち上げているために、やはり腰が回転し、そのため手も振られます。

 ところが、中にはお年寄りなどでゆっくりゆっくり上っている人や、階段を2段づつ、つまり1段とばしで上っている人をよく観察しますと、手があまり振られていないことに気がつくはずです。

 お年寄りは脚力がなくて後ろ足で蹴ることができないため、また1段とばしで上ろうとする人は、後ろ足で蹴る力だけで身体を階段2段分持ち上げるのが難しいために、この蹴るという動作をしなくなるのです。

 ではどうするかというと、後ろ足で蹴って身体を持ち上げるのではなく、1段もしくは2段高いところに置いた前足に力を込めて、この前足を支えとして身体を上方に引き上げる力で階段を上ろうとします。このために腰は回転せず、手も振られなくなるのです。

 時折、1段とばしでも両手を振って駆け上がるように上って行く人がいますが、これは脚力の強い人でしょう。

 しかしこのような上り方ではすぐに疲れてしまって長続きしません。登山経験のある人なら分かるかと思いますが、山登りをするときに後ろ足で蹴るようにして登ったのではすぐに疲れてしまいます。

 また、蹴った足が滑ると大変に危険です。このため、前足をしっかり踏みしめながら、身体を後ろ足で押し上げるのではなく、前足で引き上げるようにして登るはずです。

 剣道における足さばきは、この階段を下りるときの歩行原理と階段を1段とばしで上るときの歩行原理が合わさったような歩き方によって行います。

 先ずは、歩くときに後ろ足で蹴るという動作をしないことです。階段を下りるときのように加重している方の足の膝を緩める(膝を抜く)ことによって、身体の重心は前に滑り落ちて行きます。これを反対側の足が前に出て受け止めます。

 受け止めた瞬間に加重は受け止めた足の方に移動しますが、ここで受け止めた足を突っ張っていては前に進まないので、階段を下りるときには、受け止めた直後にまた膝が抜かれて、重心は更に下に滑り落ちて行き、反対側の足がまた前に出て下の段に着地して加重を受け止めます。

 階段を下りるときには、重心はどんどん下に滑り落ちて行きますが、平地を歩くときには重心は下に落ちては行きません。そこで、前足で受け止め、その直後に膝を抜いた後、今度は階段を一段とばしで昇るときのように、その前足で重心を前方向に引っ張って行く動作が必要になります。これが踏み込みです。

 つまり、最初の膝抜きで滑落して始めた重心を、加重した前足をしっかり踏みしめて、前方向に引っ張るようにしながら前に移動させて行き、それを反対の足で受けた直後にその足の膝を抜くと重心は再び滑落を始め、その重心をまた前足で引っ張るようにしながら更に前に進めて行きます。

 後ろ足で蹴らずに前足の膝の抜きとその直後の踏みしめによって重心を前へ前へと移動させてゆく歩き方になりますので、腰も肩も回転せずに、手も振られずに上半身が制止したままで、まるで床面を滑るような歩き方になるわけです。
 階段の上り下りをよく観察してみて、その後に自分で試してみると良いでしょう。平地を歩く練習をするときには、腰が回転しないように、踏み出す足とは反対側の腰を前に出す意識(腰を入れる)、つまり通常とは反対方向へ腰を回転させる意識を持ってやると良いと思います。

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陰陽の足

 宮本武蔵「五輪書」水之巻の「足づかひの事」には、更に、

   此道の大事に陰陽の足と云ふことあり、
    是れ肝要なり、
   陰陽の足とは片足ばかり動かさぬ物なり、
   きる時、引時、受る時までも、
    陰陽とて、右左ゝゝとふむ足なり、
    返すゞゝ、片足ふむことあるべからず、
   能々吟味すべきものなり

と書かれています。

 大事なことは、片足を踏んだら必ずもう片足も踏めということです。そして先に動かす足を「陰」、あとに動かす足を「陽」と言います。

 剣道の面打ちでは、まずは右足を前に出し、この右足の踏み込みと同時に左足を引きつけるという動作の間に、竹刀を振りかぶって振り下ろすという一拍子の打突を行います。この時に最初に踏み出す右足が「陰の足」で、あとから引きつける左足が「陽の足」になります。「陰の足」を「盗み足」という場合もあります。

 「陰」というのは、まだ暗い状態、すなわち夜です。この夜の間に打つための準備を全て済ませておくのです。つまり「陰の足」というのは、打突のための準備の足で、この足を出してゆく課程で「間を盗み」「正中線の照準を合わせて」「中心を取って」、あとは打つだけという準備を整えます。この段階では、加重はまだ左足にされています。

 そして、右足が着地して、この右足への加重と同時に今度は左足の引きつけが開始される瞬間、すなわち「陰の足」から「陽の足」に切り替わる瞬間が、打突すなわち切りつけの瞬間です。いわば、夜から昼へ切り替わる「日の出」の瞬間です。

 余談ですが、日の出の時間は季節によって違いますが、だいたい明け方の四時前後、昔の言い方なら寅の刻です。武蔵が五輪書を「十月十日の夜、寅の一天に筆をとって書初るもの也」と記して、この陰から陽への切り替わりの瞬間を重視したことが分かると思います。二天一流の二天は、夜と昼の二つの天のことであり、円明流の円明も太陽と月のことです。

 陰から陽への切り替わりの瞬間である「寅の一点(天)」は、「陰の足」によって、それまで隠しに隠して準備を進めてきた「技」が初めて日の当たる表に現れる瞬間です。そして、このとき同時に引きつけ足として切り替わる「陽の足」は、その技を確実なものとするための体勢づくりの作用を受け持ちます。

 面打ちは「初太刀の斬りつけ」ですから、この斬りつけの技の効果を確実にし、実戦ならば続く二の太刀による「斬り下ろし」の技につなげられる体勢を作るために、「陽の足」は直ちに引きつけられるわけです。もしも左足の引きつけが遅れ、身体が前方に流れたままになってしまうと、せっかく竹刀が面に当たっても有効打突にならない場合があるのは、こうした理由によるものです。

 さて、面打ちの場合は、踏み出す右足が「陰の足」、引きつける左足が「陽の足」として理解できると思いますが、今度は胴打ちについて考えてみましょう。

 一般に胴を打つ場合には、右足を右斜め前方に踏み出しながら胴を打ちますので、面打ちと同じようにこの右足を「陰の足」と考えてしまうのが普通でしょう。

 ところが刀法には、相手の裏側、すなわち自分から見て左側を攻撃するときは左足を「陰の足」として使い、相手の表側、すなわち自分から見て右側を攻撃するときには右足を「陰の足」として使うという原則があります。

 現代剣道では、常に右足前で、どんな技も右足踏み込みで出す傾向がありますが、本来の刀法に従えば、左足踏み込みで行わなければならない技も沢山あるのですが、胴打ち(右胴打ち)もその一つです。

 胴打ち(右胴打ち)の場合には、まずは左足から始動する、つまり左足が「陰の足」、右足が「陽の足」になります。ただし、胴打ちの足捌きが一般に誤解されやすいのは、最初の「陰の足」すなわち左足は実際にはほとんど動かないで加重交換がなされるだけ、言い換えれば「陰の足」の動きが省略されたかたちで使われることが多いからなのです。

 先に述べた面打ちの場合の「陰陽の足」と同様に、胴打ちの場合には、まず左足が打突の準備のための「盗み足」「陰の足」として活用されます。

 面打ちのように大きく前方に踏み出されることはありませんが、厳密には右足加重の状態で左足を微妙に捌き、相手の出方によっては、僅かに前、あるいは後ろ、または右などに動かしながら(もちろん動かさない場合もあります)、「間合」「正中線争い」「中心取り」の見極めを行います。

 そして、右足から左足に加重が移ると同時に右足を右前方に開き始めるときが、胴打ちの場合の「寅の一点」、すなわち打突の瞬間です。ですから、斜めに開く右足は2歩目の「陽の足」であり、この「陽の足」を開ききって加重がその右足に再び移ったときには、すでに竹刀は胴を打ち切っていなければなりません。

 胴打ちがうまくできない人は、実は面打ちと同じように右足の着地に合わせて胴を打とうとしてしまって、胴打ちが遅れてしまうのです。左足に加重して右足を開き始めるときには、竹刀はすでに相手の胴をとらえていなければなりません。

 ここで日本剣道形7本目の胴打ちについて考えてみましょう。一般に7本目の胴打ちでは、1歩目で右足を右前に開きつつ木刀を僅かに振りかぶり、2歩目で左足を出しながら胴を打ち、3歩目で右足を出しつつ木刀を振り切って膝をつくというように教わるのではないかと思います。

 ところが、このように左足を踏み出したときに胴を打つのでは、竹刀稽古における胴打ちの動作と異なってしまいます。おそらくこの違いに皆さんも戸惑われたことがあるのじゃないでしょうか。しかし、この違いの理由を問いただしても、ほとんどの先生方は、真剣の刀法と竹刀打ちは違うのだからでごまかしてしまうと思います。

 実は、日本剣道形の制定委員だった高野佐三郎範士と中山博道範士の演武を見ると、中山範士は右足を出すときに、すでに高野範士の右胴を打っておられます。そして右足が着地したときには時には胴打ちは完了しており、ただちに左足・右足と踏んで剣を振りきると同時に右膝をつきます。

 これは、先に説明した胴打ちの理合と同じです。1歩目の左足は動かないけれども「陰の足」として活用させて、「陽の足」の右足を開き出す瞬間に胴を打つのです。

 戦後、剣道形7本目の胴打ちの理合が間違って伝えられたのは、おそらく解説書の書きぶりに問題があったからでしょう。連続して行われる動作一つ一つを言葉で表現するのはなかなか難しいものです。ちょっとした書きぶりの違いによって、書いた者と読む者との間で違う解釈をしてしまうことは良くあることであり、やむを得ないことでもあります。

 剣道形7本目にしても、解説書の文章だけに頼って胴打ちの理合を考えようとすると訳が分からなくなってしまうのですが、五輪書の「陰陽の足」という別の理合と複合的に考え合わせることによって真実の理合が見えてきます。


新版 進化するナンバ 実践 常歩剣道


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内部深層筋の活用

 これまで述べてきた剣道の足さばき、すなわち武蔵の言う「常の歩き」は、人間の体幹を支えている内部深層筋(インナーマッスル)を鍛える効果があります。

 内部深層筋というのは、身体の内部の奥深くにある筋肉で、胸筋や腹筋のように表には現れませんが、体幹を支える上で大変重要な役目を果たし、背骨や骨盤と両足の付け根を結ぶ大腰筋や腸骨筋、また骨盤の周りを締めている腹横筋などがあります。

 中でも、腹横筋は呼吸とも深く関連しています。

 一般に腹式呼吸と呼ばれる臍下丹田呼吸法は、腹部の深層筋である腹横筋と横隔膜の活用で行われます。

 横隔膜は自律神経で働く筋肉で、人間が意識しなくても自動的に働いて呼吸を行っていますが、これに腹横筋の働きを加えることによって、通常は無意識に行われている呼吸を意識的に行うことができるようになります。

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腹式呼吸と自律神経

 自律神経というのは、内臓、血管などの働きをコントロールし、体内の環境を整える神経です。

 自律神経は、知覚神経や運動神経と違って、私たちの意思とは関係なく独立して働いているので、基本的には内臓や血管を私たちの意思で自由に動かす事は出来ません。言い換えれば、意識しなくても呼吸をしたり、食べたものを消化するため胃を動かしたり、体温を維持するため汗をかいたりするのは、自律神経があるからです。

 自律神経には、交感神経と副交感神経があります。交感神経は起きている時の神経・緊張している時の神経とされ、副交感神経は寝ている時の神経・リラックスしている時の神経とされています。

 これら二つの神経は、一つの器官に対して互いに相反する働きをしています。

 例えば、交感神経が血管を収縮させたり、心臓の拍動を増加させるのに対し、副交感神経は血管を拡張させ、心臓の拍動を抑制します。

 人間は緊張すると交感神経の働きが活発になり心臓の鼓動が速くなります。いわゆるドキドキした状態で物事に対する冷静な判断がしにくくなります。

 この時に、腹横筋と横隔膜を活用した臍下丹田呼吸法(腹式呼吸)を行うと肺の中に大量の酸素が取り込まれて血液中の酸素濃度が高まります。血中の酸素濃度が高まると心臓の拍動を抑制するために副交感神経の働きが活発になり、その結果リラックスした状態が作られます。

 つまり自律神経は直接的には自分の意識でコントロールできないものですが、意識的な腹式呼吸によって間接的にコントロールして、心臓の拍動を制御してリラックスした状態を作ることができるのです。

 剣道で腹式呼吸を重視するのは、このような理由によるものです。

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