[1]構え

陰陽五行の構え

 剣道の基本的な構えには、上段、中段、下段、八相、脇という5つの構えがあります。

 これは、日本剣道形のところでも説明しましたように、天地自然、宇宙万物の運行現象を表した中国を起源とする哲理で、「天地人陰陽」「木火土水金」という陰陽五行説によるものとされています。

 剣道の構えを陰陽五行説のに当てはめた一般的な通説は次のようなものです。

   八相(木性現象)  春   陰 木の生成発展する状態
   上段(火性現象)  夏   天 火の持つ強烈な状態
   下段(土性現象)  土用  地 土の持つ育成包蔵の状態
   脇 (金性現象)  物 の充実、結実、堅固、冷徹を意味する
   中段(水性現象)  冬   人 流水、潜行、冷性を意味する

 これら5つの構えの中でも、特に中段の構えは、基本として重視されています。「五輪書」にも次のように記されています。

   此道の大事に曰く、
   構へのきわまりは中段と心得べし、
   中段は構への本意なり、
   兵法大きにして見よ、中段は大将の坐なり、
   大将についでは後四段の構なり、
   能く吟味すべし

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中段の構え

 この構えは、剣道の構えの基本で、もっとも一般的な構えです。攻防ともに自由で、相手のどのような変化にも応じられ、攻めてこちらからの動きを起こすのも都合の良い構えです。

 現代剣道では、剣先のつけどころは、一般に「正眼」として、喉の突き垂れに剣先を向けるようにと教えています。しかし、古流の流派によっては、剣先を付ける位置によって、「正眼」「晴眼」「星眼」「青眼」「臍眼」などと呼び分ける場合もあります。

 相手の左目に付けるのは、一般に「青眼の構え」と呼ばれ、左上段の相手に対してその左拳に剣先をつける場合などは、「青眼」を更に開いて構えるので「平青眼の構え」などといいます。(現代剣道では、あえて字を区別せず「平正眼」という場合もあります)

 ちなみに、「晴眼」は目と目の間につける、「星眼」は顔の中心につける、「臍眼」は胸より下(へそのあたり)に付けます。これは、流儀によっては多少異なるようです。

 「青眼」、すなわち左目に付けるというのは、日本刀を想定したやや高度な剣先の付け方で、単に剣先を左目に付けるのではなく、日本刀を真っ直ぐ中段(正眼、若しくは星眼)に構えた状態から、僅かに手の内を右に捻って刃部をやや左下に向けるようにします。(この時、柄頭を持つ左拳と日本刀の重心位置は正中線上において外さないようにします)すると日本刀は湾曲していますから、剣先はやや左に向いて左目を指します。これが「青眼の構え」です。

 青眼に構えると、相手は裏からの攻めがしにくくなりますので、相手の攻めを7割方表からの攻めに限定させることが出来ます。特に自分より比較的背が高く、上からの攻めを得意としているような相手には効果的です。

 剣道形7本目で、打太刀が攻め入ろうとしたときに、仕太刀が下からこれを支えるかたちが、青眼の理合と考えても良いでしょう。これにより、打太刀の攻撃を面打ちに限定しておいて、仕太刀はその胴を抜きます。

 青眼の構えを日本刀で行うときには、構えそのものを右に開いて斜めにしなくても、刀身を右に僅かに捻るだけで実現できるのですが、これを日本刀ではなく真っ直ぐな竹刀で実現しようとすると、竹刀を捻るだけでは行えませんので僅かに右に開く必要があります。

 熟練者ならこの微妙な開き加減を体得できているのですが、初中級者の場合は、これを意識しすぎると開きすぎてしまい、剣先が正中線を大きく外れてしまいます。難しい構えですが、中段の構えのバリエーションの一つとして、練度が上がると共に、ぜひとも研究してゆきたい構えです。

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上段の構え

 上段の構えは、竹刀を頭上に振りかぶった構えです。燃え上がる炎のような気概を持って、全てを焼き尽くそうとする激しい攻撃の構えで「火の構え」や「天の構え」などとも言われます。

 この構えは、正面から堂々と相手を威圧する構えですが、胸元や胴を相手にさらした隙の多い構えでもあります。このため、精神的に相手を圧倒していることが大切で、心理面においては自分の方には少しも隙がないようにしなければなりません。

 このようなことから、自分と同等以上の相手に対してはなかなか難しい構えですが、打突においては、打ち下ろせばよい、片手を伸ばすだけで打てる、間合が遠くても打てるなどの有利さがあります。

 一定の基礎を学び、さらにその上を目指す人は、ぜひとも習得しておくべき構えでしょう。

 上段の構えには、竹刀の持ち方や足の踏み方によって次のようなものがあります。

・諸手左上段の構え(左手・左足前)
 正確には「左諸手左上段の構え」と言います。
 (左手前の)諸手で、左(足前の)上段の構えという意味です。
 左足を約半歩踏み出しながら、あげた左手の拳の下から相手を見下ろすように、竹刀を頭上45度ぐらいに振りかぶります。
 左手と左足が前の左自然体になりますので、竹刀の先は正中線よりやや右にかたよります。
 この構えで右手を離すと左片手上段になります。

・諸手右上段の構え(左手・右足前)
 正確には「左諸手右上段の構え」と言います。
 (左手前の)諸手で、右(足前の)上段の構えという意味です。
 中段から面を打つために振りかぶったときの状態と同じで、剣道形1本目の仕太刀の構えです。
 剣先は正中線を外れないように真っ直ぐに振りかぶります。

・右諸手上段の構え(右手・右足前)
 正確には「右諸手右上段の構え」と言います。
 右(手前の)諸手で、(右足前の)上段の構えという意味です。
 竹刀を持つ手を左右入れ替えて、右手で柄頭を握り、右足を約半歩踏み出して構えます。
 竹刀を振りかぶった自分の右手の下から相手の全体を見下ろします。
 右手と右足が前の右自然体になりますので、竹刀の先は正中線よりやや左にかたよります。
 この構えは、右利きの人が構えるのに有利ですが、打った後に右手が柄頭にあるので、中段に構えるときに少々工夫が必要です。

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下段の構え

 間合の遠近に関係なく、竹刀の延長線を相手のへそ下から足先までの間につける構えを下段の構えと言います。構えた剣先の位置によって、へそ下段、すね下段、足先下段などがあります。

 下段からの攻撃は、原則として突きが主体になります。現代剣道では有効打突にはなりませんが、古流剣術においては、構えた剣先の位置からの攻撃対象は、一般に次のようなものになります。

   へそ下段 → 胸を刺す
   すね下段 → 腹を刺す
   足先下段 → 腿を刺す

 現代剣道においては、下段の構えから面・籠手・胴などを打つには竹刀を大きく動かして振りかぶらなければならないので不適当ですが、心理的な面から相手の出を一瞬に止めるのには効果的な構えです。

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八相の構え

 相手の変化に応じる構えで、左足を約半歩踏みだしながら左上段に振りかぶる心持ちで竹刀を頭上に振りかぶり、静かに右肩に下ろします。

 剣術の流派によって構えの位置が微妙に異なりますが、日本剣道形で用いられている八相の構えは、右拳を右肩の高さに置き、鍔は口の高さにします。左右の肘は自然に力を抜き、身体は左自然体となり、頭、顔を正面に向け、刀身はやや右方にかたむけ、刃が僅かに右前方に向くようにします。

 この構えは、上段と同じように堂々と相手を威圧する構えです。

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脇構え

 相手をよく見て、相手の変化に応じる構えです。

 右足を約半歩退きつつ竹刀の弦を上に向け、剣先で後方に半円を描くようにまわして右脇に構えます。剣先を隠して柄頭だけが相手に見えるようにすることによって、竹刀の長さと太刀筋を相手に分かりにくくするのが脇構えの特徴です。

 身体はやや半身となって右斜めに向け、頭、顔は正面を保ち、右手は軽く上から添えるようにします。

 古流の剣術では、脇構えからの太刀筋は右下から左上へ向かう切り上げが主体になりますが、現代剣道では原則としてこの太刀筋はありませんので、あまり用いられることのない構えです。

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有構無構の教え

 剣道では「一分の隙も無い構え」という言い方をする場合があります。

 しかし「構え」というのは、その構えの「かたち」のみを指すものではありません。かたちのみこだわることなく、いつでも自在に変化できる心の活用がなければ、構えはただの「居着き」になってしまいます。

 ですから「隙のない構え」というのは、その構えの「かたち」ではなく「心」のありようを言っているのです。

 五輪書の「有構無構(かまえ あって かまえ なし)の教へ」を十分に吟味してみましょう。

 一 有構無構の教への事

     有構無構と云ふは、
     元来太刀を構ふるという事 あるべき事にあらず、

    然ども五方に置事あれば、構へとも成べし、

    太刀は、敵の縁により、所により、形 気に随ひ、
     何れの方におきたりとも、
     其敵 切よき様に持心なり、

    上段も時に従ひ少し下る心なれば中段となり、
    中段もをりにより少し上れば上段となる、
    下段も折にふれ少し上れば中段となる、
    両脇のかまへも位により少し中へ出せば、中段下段ともなる心なり、

    然るによって、
     構はありて構はなきといふ理なり、

    先づ太刀を取ては、
     何れにしてなりとも敵を切と云ふ心なり、

    若し敵のきる太刀を、
     受る、張る当る、ねばる、さはるなど 云ふ事あれども
    みな敵を切る縁なりと心得べし、

    受ると思ひ、張ると思ひ、当ると思ひ、ねばると思ひ、さはると思ふ
    によって 切る事不足なるべし、

    何事も切る縁と思ふ事肝要なり、

    能々吟味すべし、

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